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ホーム連載・読み物子育てのための生活安全講座放射性物質漏出の現実を正しく受けとめるためにいま、必要なこと

Part1
放射性物質漏出の現実を正しく受けとめるために必要なこと 2012年7月掲載

解説 多田 裕(東邦大学名誉教授)

※本稿は2012年7月改訂 第2版です。第1版はこちら

やみくもに不安になるのではなく
正しく注意することが大切です

 東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故から一年以上経過した現在でも、放射性物質(*1)の漏出は、世界中が注視する大きな問題になっています。

 2012年5月現在、警戒区域や計画的避難区域に指定された市町村に対して政府が行っている避難区域の見直しでは、いまだ高い放射線量が測定されている地域も少なくなく、早期の帰宅が困難と判断された帰宅困難区域や居住制限区域があり、避難指示を解除する準備を始めた市町村は3地域にとどまるなど、放射性物質拡散への不安や除染の難しさと、避難住民にとって困難な状況はまだまだ続くことが予想されます。

 また、飲料水・野菜・魚など、私たちが口にするものから放射性物質が検出されることがあるという事実は、放射線(*1)による被ばく(*2)の危険が一部地域にとどまらず、日本全体にかかわる問題であること、しかもそれが中長期的に続くこと示しているようにも思えます。
 私たちは現在、放射性物質と向き合いながら暮らすことを余儀なくされています。そのようななかで、小さな子どもを育てるご家庭では、未来ある子どもを守らなければいけないと、不安を感じる方もおられることと思います。

 また、国の定める安全基準が変更になり、それに対しての専門家の見解も、比較的楽観的な意見から不安をあおられる厳しい意見までさまざまで、何を信じてよいか分からないという気持ちになってしまうのも無理はありません。

 しかし、ただやみくもに不安を募らせるばかりでは、子育て中の生活では、放射線以外から受ける悪影響のほうが大きくなってしまうことにもなりかねません。たとえば、大気中の放射線量を心配しすぎて外出もできなくなれば、発育にも影響します。水道水を使わずに生活しようとして、赤ちゃんのミルクの量が足りずに脱水症状を起こしてしまうとか、お母さんが不安を抱えすぎておっぱいが出なくなってしまうなどということがあっては、元も子もないのです。
 私たちに必要なのは、放射線や放射性物質を「正しく注意する」ことです。

暫定規制値から新基準へ
より安全な基準に変わりました

 2011年3月21日、一部の地域において、水道水の放射性物質の濃度が乳児の摂取に関する暫定規制値(*3)を超えたために、飲料を控えるようにという要請がおこなわれ、放射性物質漏れの問題が一気に私たちの身に迫る問題になりました。水に引き続き、野菜や魚からも暫定規制値を超える量の放射性物質が検出され、出荷制限がおこなわれるに至って、不安はさらに大きくなり、以来今日まで1年以上にわたって、さまざまなものが検査によって出荷制限を受けてきました。

 水道水、野菜や魚だけでなく、乾物や加工品に対しても検査は行われており、暫定規制値を超えた食品は市場に出回らないといわれても、福島県産の野菜は買えないなど、不安を募らせる方が多いのは、「暫定規制値」という耳慣れない数値をいきなり聞かされ、その値が本当に安全なのか信じきれないのが最大の要因だったのだと思います。

 そして、すべての食品が均等に汚染されていると仮定して、日本人の一般的な食生活を1年間にわたって送っても、放射性物質の1年間の最大摂取量を超えないように、年齢による摂取量や感受性にも配慮し、もっとも厳しい数値を全年齢に適用して、食品群ごとに食品の暫定規制値が決められました。

 さらに2012年4月からは、より一層食品の安全と安心を確保するために、事故後の緊急的な対応としてではなく、長期的な観点から、放射性物質の1年間の最大摂取量が1mSv/年に引き下げられ、それに基づき、食品の新しい基準値が設定されました。
放射性物質の年間最大摂取量上限と食品群ごと新基準値の値の表はこちら

 もちろん、値が低ければ低いに越したことはありません。放射性物質など検出されないほうがいいに決まっています。しかし、自然にも放射線は存在するので(Part2参照)、過度な不安をもつことはないと思います。新基準値になっても不安は完全には消えないかもしれませんが、放射性物質が漏出してしまっている現状のなかでは、はっきりとした数値を基準にして、行動したほうがよいと思います。そのための基準として、今回の新基準値は、私たちの行動を決めていくうえでの基準になるものだと思います。

判断に迷ったときは、
何が一番大切かを考えてみましょう

 では私たちは、日ごろ口にする食品から放射性物質が検出されるという現在の状況のなかで、どのように行動していけばよいのでしょうか。私は、情報を整理し優先順位をつけるとよいと思います。ベストが選べない状況があるなら、よりベターなのはどちらか、という選択をしていくということです。

 たとえば、当時問題になった水は、放射性ヨウ素(*4)の濃度が乳児の暫定規制値100Bq/kg(ベクレル(*5)/キログラム)をわずかですが上回りました。その後すぐに数値は下がり、現在は検出されていません。しかし、最初の衝撃は大きく、当時はペットボトルの飲用水はあっという間に店頭から消え、水道水の問題から遠く離れた西日本でも買うことができなくなりました。そのことがさらに不安をあおり、大きな騒ぎにつながりました。

 しかし、冷静になって考えれば、摂取制限の出た地域で乳児を育てている家庭のために、それ以外の人たちはむしろペットボトルを買い控えるべきだったのです。

 優先順位というのは、ひとつにはそうした「誰がもっともそれを必要としているか」の順位です。どこに生活しているかによって、放射線の問題の深刻度は大きく異なります。年齢によっても異なります。生活している場所が、(1)原発近隣の避難区域内(原発作業員の方たちなど)なのか、(2)避難区域周辺なのか、(3)それより外側の一般地域なのか、自分の生活する場所にあわせて放射線に関する情報を冷静に検討し、より放射線の影響が大きい地域、より小さな子どもが優先されるように、日本中の人たちが考えて行動すべきだったのだと思います。

 優先順位のもうひとつの意味は、「どうするのがより安全か」の順位を考えるということです。水の問題が出たときに、日本小児科学会、日本周産期・新生児学会、日本未熟児新生児学会は、乳児の水分摂取についての共同見解を出しましたが、そこにも何を優先すべきかの考え方が含まれていました。
日本小児科学会、日本周産期・新生児学会、日本未熟児新生児学会の共同見解はこちら (外部リンク・PDFファイル)


 暫定規制値を超える放射性ヨウ素が検出された場合、乳児の健康にとってもっとも望ましいのは、ペットボトルの飲用水(軟水)で調乳することです。しかし、それが足りない場合に優先されるのは、ミルクの量を制限することではなく、水道水を使ってでもミルクを作り赤ちゃんに与えることです。乳児の水分摂取必要量が不足すると脱水症状(*6)を起こし、短期間でも重大な健康被害を及ぼす危険があるからです。

 このように、いまある情報を整理して優先順位をつけたうえで、やはりどうしても心配という方は、乳児や小さな子どもの調乳や食事にはペットボトルの水を使うのもよいでしょう。子育て中のお母さんの精神的な安定も、優先順位としてはかなり上位にくると思うからです。
 でも、それで足りないときには水道水を使うことを躊躇する必要はなかったし、大人の食事にまですべてペットボトルの水を使うことは、一般地域に住んでいる方には必要ないことです。

 これは物理的半減期の短い放射性ヨウ素が、短期間にわずかばかり規制値を上回った状況だったからいえたことで、濃度が高ければ別の判断が必要にもなったでしょう。また、半減期が長い放射性セシウムなどについても考慮しなければなりません。だからこそ、新基準値がより長期的な視点で安全を確保するためのに設定されたといえるでしょう。

 子どものためによりベターな選択をする。それは、短期的に過敏に反応してパニックになることではなく、この状況に慣れて無関心になってしまうことでもなく、注意深く情報を入手し、賢い判断を長く続けることです。

放射性物質についての基礎的な知識を
身につけましょう

 東日本大震災と、それにともなう原発の事故は、私たちにとって日常生活を揺るがす大きな体験になりました。これまでの当たり前が当たり前でなくなったともいえます。これまで原子力発電や放射能汚染について、ほぼ何の知識もなく生活してきた方がほとんどだと思いますが、事故後はたくさんの専門用語や数値や単位が連日報道され、それによって自らの行動を決めなければならないことも多くなりました。ですから私たちは、多少とっつきにくくても、放射性物質についての基礎的な知識をきちんと身につける必要があると思います。

 放射性物質の基礎知識については、放射線治療の専門家で、今回の原発事故の影響についても専門家チームを組んで医学的知識を提供しておられる、中川恵一先生が解説を担当してくださいます。ぜひ、この機会に正しい知識を身につけ、放射性物質を「正しく注意」していきましょう。

 先ほども申し上げましたが、放射性物質とその影響は、(1)原発近隣の避難区域内(原発作業員の方たちなど)なのか、(2)避難区域周辺なのか、(3)それより外側の一般地域なのかによって異なります。

 今回、汚染の現状とその影響についての見解は、一般地域の状況をもとにまとめました。避難区域や周辺に生活されている方については、お住まいの自治体からの放射線情報に従って行動されるとよいと思います。


(*1)放射線/放射性物質
高い電離作用(物質のなかを通過して原子のもつ電子をはじきとばして分離させる作用)をもった電磁波や粒子線のことを放射線という。放射線を出す能力を放射能といい、放射能をもつ物質を放射性物質という。
(*2)被ばく
放射線が体にあたったり体を突き抜けたりすること。私たちは自然界の放射線からも微量ながら被ばくしており(自然被ばく)、放射線による検査や治療によっても被ばくしている(医療被ばく)。
(*3)暫定規制値
国際放射線防護委員会(ICRP)が勧告している放射線防護の基準をもとに原子力安全委員会が設定した指標を厚生労働省が検討して定めた値。住民の避難や食品の出荷制限などの基準となる。
(*4)放射性ヨウ素
放射性物質のひとつ。ヨウ素は自然界にも存在し(コンブなどに多く含まれる)、ヨウ素127とよばれ、甲状腺ホルモンを合成するために必要な物質だが、今回の事故で問題になっているのは、自然界には存在せず、原子炉内で大量に発生し放射線を出すヨウ素131。
(*5)ベクレル(Bq)
放射線の強さ、つまり食品から検出される放射線のレベルを表す単位。放射性物質が実際に人体に与える影響はシーベルト(Sv)という単位で表される。ベクレルをシーベルトに換算する式は、「食物1kgあたりの放射能の量(Bq/kg)×実効線量係数(Sv/Bq)×摂取量(kg)×1000」(mSv)。 実効線量係数は、放射性ヨウ素=「2.2×10-8」(Sv/Bq)。放射性セシウム=「1.3×10-8」(Sv/Bq)。
なお、(10-8)は(1億分の1)なので、それぞれ「2.2÷1億」「1.3÷1億」で計 算できます。
(*6)脱水症状
子どものからだは大人より水分量が多く(新生児だと約80%)、水分量を調整する腎臓の働きも未熟なため、水分不足を起こしやすい。きげんが悪くなる、ひんぱんにおっぱいや水分をほしがるのが初期症状で、おしっこの量が減る、肌や唇がカサカサする、ぐったりして動けないなどの症状に移行したら脱水症状もかなり進行している状態。すみやかに医療機関を受診し、点滴などの治療を受ける必要がある。
(*7)放射性ヨウ素の胎児への影響
母親が摂取した放射性ヨウ素の胎児への影響は、「母親が摂取したベクレル量×0.00047(mSv)」といわれている。
(*8)母親の放射性ヨウ素の摂取と母乳
母親が摂取した放射性ヨウ素の約4分の1程度が母乳にも含まれるとされ、乳児が母乳を介して影響を受ける量は「母親が摂取したベクレル量×0.25×0.0028(mSv)」といわれている。

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