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Part2
放射線と放射性物質の基礎知識 1ページ目  2012年7月掲載

解説 中川恵一(東京大学医学部附属病院放射線科准教授)

※本稿は2012年7月改訂 第2版です。第1版はこちら

 いまや、“放射線”は日本人にとって恐怖の的になっています。目に見えず、いつの間にか体に浴びたり体内に取り込んだりすることで、将来の発ガンの原因になったり、子孫に悪影響を及ぼすかもしれないとなれば、怖くなるのも仕方ありません。
 しかし、そもそも“放射線”とは何なのか、“被ばく”とはどういうことなのかなどを、正確に理解している方は多くありません。それは原子力発電にかかわる専門家や、放射線治療にかかわる専門家が、一般の方たちに分かるような説明をしてこなかったことにも責任があると思います。

 福島原発事故から一年以上経過した現在、さまざまな報道を冷静に受け止め、落ち着いて行動するために必要な、放射線と放射性物質についての基礎知識をまとめてみました。

放射線とは?「被ばく」とは?

 まず、「放射線」という表現が何を指すのかをはっきりさせておきましょう。
放射線とは、高い電離作用(物質のなかを通過して原子のもつ電子をはじきとばして分離させる作用)をもった電磁波や粒子線のことをいいます。そして、放射線を出す能力を「放射能」といい、放射能をもつ物質を「放射性物質」とよびます。

 放射線はものを突き抜ける能力があり、私たちの体も突き抜けます。放射線が体にあたり、体に変化を起こすことを「被ばく」といいます。今回の原発事故では、建物の爆発や原子炉の破損によって建物内に閉じ込められていた放射性物質が大気中に飛散し、発電所職員や近隣の住民の方たちが「被ばく」したことが確認されました。さらに放射性物質は大気の流れによって関東地方にまで飛散し、浄水場の水や野菜からも検出される(放射能による“汚染”という表現がされます)に至って、日本はまさに“放射能パニック”に陥りました。

 日本中でミネラルウォーターが店頭から消えたり、被災地以外の関東地方からも関西地方へと避難する人が出てきたりと、日々の生活にも支障が出るほどの混乱をきたしたことは忘れられません。さらに現在でも、被災地の瓦礫の受け入れが強硬な反対によって滞るなど、放射能汚染や被ばくに対する無理解が、復興の妨げになりかねない現状もあります。そこでまず、「被ばく」とはどういうことなのかを整理していきましょう。

自然被ばく

 自然界にも放射線は存在し、私たちは生きているだけでそれを浴びています。宇宙から地上に降り注いでいる宇宙線にも放射線は含まれています。大気中にはラドンという放射性物質が存在します(ラドン温泉のラドンですね)。そのほかにもいろいろな場所で天然鉱石などから微弱な放射線が出ていて、私たちは日々それを浴びている、つまり「自然被ばく」しています。
 それだけでなく、我々の体にたくさんある重要な物質“カリウム”も、放射線をもつ同位体が含まれており、人間は毎日体のなかからも自然に被ばくしています。

 自然被ばくの量は、世界平均で1年間に約2.4mSv(ミリシーベルト)です。
 ちなみに、シーベルトというのは、放射線が人体に与える影響を表す単位で、今回の事故に関する報道では、mSv(ミリシーベルト)とμSv(マイクロシーベルト)がよく使われます。1mSv(ミリシーベルト)=1000μSv(マイクロシーベルト)です。

 自然被ばくの量は国や地方によって違い、たとえばイランのラムサール地方では、年間の自然被ばくが10mSvを超えます。しかしこの地方でガンの発生率が高いわけではありません。日本は年間平均約1.5mSvですが、県単位でも異なり、もっとも高い岐阜県ともっとも低い神奈川県を比べると、年間約0.4mSvの差が出ます。また、自然放射線の量はおおむね「西高東低」の傾向がありますので、大気中の放射線量がほぼ通常の値に戻った現在、関東から関西に"避難"すると、むしろ被ばく量が増える場合もあります。

単位(Sv、mSv、μSv)
ここではミリシーベルト(mSv)で統一して説明していますが、報道などではそのひとつ下の単位のマイクロシーベルト(μSv)が混在していることもよくあります。
1シーベルト(Sv)=1000ミリシーベルト(mSv)=1000000マイクロシーベルト(μSv)

医療被ばく

 医療現場において、放射線による検査や治療は、もはや不可欠なものになっています。X線検査、CT検査などの医療行為によって、日本人は年間平均約2~3mSvの放射線を「被ばく」しています。それでも、病気の早期発見などのメリットのほうが、被ばくによるリスクを大きく上回るので使用されているのです。

 また、ガンの病巣に放射線を照射してガン細胞を死滅させるというように、放射線が人体に与える危険を逆手に取った治療方法もあります。甲状腺のガンに対しては、今回の事故で一番最初に問題になった「放射性ヨウ素」をあえて内服することでガン細胞を死滅させる治療方法もあります。

事故による被ばく

 原子力関連施設から、放射性物質や放射線が外部に漏れることによって、作業員や周辺住民がそれを浴び、被ばくしてしまう事故がこれまでにも何度かありました。そのなかでも、今回の福島原発の事故は、漏出している放射性物質の量、事故の大きさや収束までにかかる時間の長さなどによって、事故レベルはチェルノブイリ事故と並ぶ最悪の「レベル7」とされました。

 被ばくの量を説明する際に、よく医療被ばくとの比較がなされますが、これはナンセンスです。なぜなら、医療被ばくは、明らかな目的と利益があるものであり、医療従事者はムダな被ばくは抑えるように常に心がけています。
 いっぽう事故による被ばくには、メリットはまったくありません。絶対に起きてはいけないことが起きているのであり、その量がCT検査1回量より多いか少ないか、というような議論は成り立ちませんし、量が少ないからといって免責されるわけでもありません。そういう意味で、とても重大な問題といえるでしょう。

 とはいえ、今回の事故によって漏れ出した大気中の放射線量は、現時点では原発避難区域の外で生活するかぎりにおいては心配ない量ですから、その点は安心してください。

>>次のページでは「放射線が人体に与える影響」について解説します

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