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Part2
放射線と放射性物質の基礎知識 2ページ目
2012年7月掲載

※本稿は2012年7月改訂 第2版です。第1版はこちら

放射線が人体に与える影響は?

 放射性物質による大気や水、食物の汚染が報道されるたびに、「健康にただちに影響を与える量ではない」という表現が使われます。この表現は間違ってはいませんが、一般の方たちにとってはあいまいで、不安をあおってしまう結果になっています。そこで次に、放射線が人体に与える影響についてお話ししようと思います。

放射線のメカニズム

 そもそも、放射線を浴びると人体にどのような影響があるのでしょうか。
 放射線は、私たちの体の細胞を破壊します。もう少し詳しく言うと、「遺伝子=DNA」に作用します。DNAは二重のらせん状のひもの形をしていますが、放射線はこのひもを切断するのです。

 これに似た現象が日焼けです。日焼けは紫外線によって皮膚表面の細胞のDNAが切断される現象です。紫外線は皮膚表面にとどまり体の奥までは入ってこられませんが、放射線は透過力が強いので、体の奥深くにある臓器の細胞のDNAも切断してしまいます。これが、放射線が体に与える悪影響の出発点です。

 しかし私たちの細胞は、DNAの傷を修復できる能力を身につけています。もとより私たちの体は、新陳代謝によって毎日たくさんの細胞が自然に死んでいます。毎日全体の1~2%(6千億~1兆2千億)の細胞が死んでは新しい細胞が生まれています。ですから、被ばくによって多少細胞が多く死んでも、「あるレベル」に達するまでは、その他の生き残った細胞で組織や臓器の働きを補えるために、健康に影響は出ません。

 それでも、放射線の量が高くなり、破壊される細胞がさらに増えると、生き残った細胞が死んだ細胞を補えなくなります。つまり修復が間に合わなくなり、なんらかの悪影響が現れます。この境界の値を放射線の「しきい値」といいます。

 放射線量と人体への影響を示したのが図1です。これで見ると、白血球の数が減り始めるのは、短期間に250mSvの放射線を浴びた場合です。これが「白血球減少のしきい値」です。また、1年間の累積で100mSvの放射線を浴びると、ガンの発生率がわずかながら(0.5%)高くなります。
 ただ、日本は2人に1人がガンになる、世界一のガン大国です。もともと50%の危険が、50.5%になるということです。たばこを吸うことによるリスクのほうが、より大きいといえます。

図1 放射線量と人体への影響
浴びた放射線の量により人体にどのような影響があるかを、1回浴びた場合と通算に分けて例示

急激な被ばくと微量で長期間の被ばく

 通常、放射線量を表すときには、1時間あたりの放射線量で表します。つまりmSv/hというのが正しい単位ですが、多くの場合「/h」は省略されています。同じ放射線量でも、短時間で浴びるのと、1年間かけて浴びるのでは、体への影響はまったく違います。

 現在、原子力発電所の敷地内をのぞき、体に異変が出るような急激な被ばくをする危険性はありません。また、避難指定区域をのぞき、発ガンのリスクが高まる量 (100mSv/年)の被ばくをする危険性もありません。それでも不安が消えないのは、たとえ微量でも徐々に蓄積されていけば、いつかは危険な量になるのではないか、と思うからでしょう。

 では、大気中の放射線量で考えてみましょう。関東地方では、事故後最大0.001mSv/hが観測されたことがありました。この放射線量は屋外での観測地なので、屋内では10分の1程度に弱まりますが、それを考慮せずに計算すると、1日に0.024mSv、1年間で8.76mSv。発ガンリスクがわずかながら高くなる100mSvが蓄積されるのには、11.4年かかります。

 しかも、11.4年後に本当に発ガンリスクが高くなるかというとそうではなく、先ほど述べたように、私たちの細胞は修復能力がありますので、0.001mSv/h程度の放射線量では、傷つけられたDNAはほとんど回復するため、医学的にはほぼ影響がないといえます。

 たとえるなら、熱湯を湯船に一気にためて、そこに入ったらやけどしてしまいますが、1滴ずつゆっくりと入れていけば、徐々にさめて、湯船にたまったころにはいい湯加減になるのと似ています。

外部被ばくと内部被ばく

 被ばくについて、もうひとつ整理しておきたいのは、放射線を体の外から浴びる「外部被ばく」と、呼吸や食べ物によって放射性物質が体内に入り、体のなかから放射線を浴びる「内部被ばく」の違いについてです。

 外部被ばくは、放射性物質を含む空気中のチリや地面からの土ぼこりなどが、洋服や皮膚に付着し、放射性物質から放射線を浴びることでおきるので、花粉症の人の花粉対策、日焼けを防ぐための紫外線対策をイメージして対処すれば、かなりの量の放射性物質を予防、除去できます。

 内部被ばくは、外部被ばくよりも体への影響は大きくなります。体内に一度取り込んだ放射性物質の影響を避けることはできないからです。
 ただし、放射性物質は、代謝や排せつなどによって体外に排出されます。こうした過程で体内の放射性物質が半分に減少する期間を「生物学的半減期」といいます。放射性ヨウ素では、乳児で11日、5歳児で23日、成人で80日。放射性セシウムでは、乳児で9日、9歳児で38日、30歳で70日、50歳で90日です。

 また、放射性物質の能力(放射能)が半分になる時期を「物理学的半減期」といいます。放射性ヨウ素では8日と短いいっぽう、放射性セシウム134で2年、放射性セシウム137は30年かかります。

 つまり、体内から徐々に排泄されていくのと同時に、体内の放射性物質の放射能も減っていくので、放射性ヨウ素のように物理学的半減期の短い放射性物質の影響は、一度に大量に摂取してしまうようなことがなければ、一時的なものともいえます。(2012年5月現在、放射性ヨウ素はすでに検出されていません)。いっぽう、放射性セシウム137のように物理学的半減期の長い放射性物質は、土壌や水質汚染、農産物や水産物への影響を長期的に検査、監視していく必要があります。

年齢による影響度の違い

 小さなお子さんがいるご家庭では、子どもへの影響がもっとも心配なところでしょう。
 子どもは大人に比べて細胞分裂が活発で新陳代謝が激しいので、放射線の影響を受けやすいといわれますが、外部被ばくに関しては、とくに大人との違いはみられません。「子どもは気をつけて」というのは、子どもは大人よりも将来が長く、将来的にどのような影響が出るか確定的なことを言い切れない現段階では、できるだけ注意しておくほうがよい、という意味です。

 広島、長崎の原爆のあと、数年後から小児白血病が増えたという調査結果がありますが、このときは一度に200~500mSvという高い放射線量を浴びた人たちに関してなので、今回の事故との比較にはなりません。
 放射線による影響で、唯一子どもが大人より大きな影響を受けることがはっきりしているものは、放射性ヨウ素の被ばくによる、甲状腺ガンの増加です。

 ヨウ素は自然界にも存在し(コンブなどに多く含まれています)、ヨウ素127とよばれ、甲状腺ホルモンを合成するために必要になります。今回の事故で問題になったのは、自然界には存在せず、原子炉内で大量に発生し、放射線を出すヨウ素131です。ヨウ素は体内に入ると、127も131も関係なく甲状腺にためこまれてしまいます。成人は甲状腺への放射線の影響をあまり受けませんが、子ども、とくに乳幼児は影響を受けやすいので、注意が必要になります。

 実際に、今から25年前のチェルノブイリ原発事故では、高濃度に汚染された牛乳を子どもたちが飲むことで、小児の甲状腺ガンが急増しました。このときの濃度は、現在日本で問題になっている量とはケタ違いに多いものでした。

 この汚染された牛乳(日本の暫定規制値の17倍から130倍以上といわれています)を、ほとんど規制・制限することのないままに、周辺住民が摂取してしまったこと、その結果、ヨウ素131の内部被ばくをしてしまったことが、とくに小児において甲状腺ガンが増えた原因と考えられています。

 ベラルーシではチェルノブイリの事故前の11年間で7名であった小児甲状腺ガンが、チェルノブイリ原発事故の後、11年間で508名と大幅に増加しました。さらなる調査では、16年間で18歳以下の子に対し、ベラルーシで2,010名、ロシア連邦で483名、ウクライナで2,344名と、約5,000人もの方が甲状腺ガンになったことがわかりました。その中でも、事故当時4歳以下の子の甲状腺ガンの発生率(死亡率ではありません。甲状腺ガンはガンのなかでも、最も治りやすいものです)が高くなっていました。

 また、チェルノブイリはもともと内陸にあり、海藻などから正常なヨウ素を摂ることができない土地柄だったために、ヨウ素欠乏症の状態にある人がたくさんいました。それが、原発事故によって急に放射性ヨウ素が出現したため、甲状腺がこれを大量に取り込んでしまったと考えられています。日本人は島国で、日常から海藻などを食べる習慣があるので、チェルノブイリとは状況は異なります。
 なお、チェルノブイリ事故のあと、小児白血病などの増加が懸念されましたが、甲状腺ガン以外に子どものガンが増えたというデータはありません。

>>次のページでは「外部被ばくをどう防ぐか」について解説します

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