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ホーム連載・読み物子育てのための生活安全講座正しい水の使い方

Part3
正しい水の使い方
2011/5/27掲載

解説 多田 裕(東邦大学名誉教授)

※本稿は2011年第1版です。第2版はこちら

水の「暫定規制値」(*1)は 1年間飲み続けても安全なレベル

 3月21日以降、一部の地域においておこなわれた、乳児の水道水の摂取制限は、乳児だけでなく小さな子どもをもつ家庭に衝撃を与えました。その後、すぐに値は下がり、5月17日現在、福島県全域および関東都県のどの浄水場からも放射性物質は検出されていません(検出下限値である5Bq(ベクレル(*2))/kg以下です)。しかし、一度摂取制限の出た地域では、乳児や子どもに水道水を使用することを躊躇する家庭もあるようです。
 「乳児の飲用を控えるように」という要請と同時に、「摂取してもただちに健康に害はない」「代替の飲用水が手に入らないときは水道水を飲用してもよい」とも言われると、何をどの程度制限したらよいのか分からなくなってしまうのも無理はありません。

乳児の飲料水の暫定規制値の考え方

 飲料水製品、水道水ともに、放射性ヨウ素(*3)300Bq/kg(ミルクを主に飲んでいる離乳前の乳児は100Bq/kg)、放射性セシウム(*4)200Bq/kgが暫定規制値です。社団法人日本医学放射線学会はこの値について、「水道水に関する基準は、放射線が検出された水だけを1年間飲み続けると仮定し、それでも大人も子どもも健康被害を心配する必要がない濃度を設定している」と評価しています。
放射性物質の年間摂取上限量と食品群ごとの暫定規制値の表はこちら

 1歳未満の乳児は100Bq/kgという発表があったため、1歳を超えたらすぐに大人と同じでよい理由が分からず、1歳以上の幼児のミルクや離乳食にも水道水を使えないのではないかという心配が広まりましたが、正しくは、「ミルクを主に飲んでいる離乳前の乳児」の規制値が100Bq/kgということなので、1歳未満でも母乳が主の乳児はそれほど神経質になることはなく、逆に1歳を超えてもミルクが主の子どもの場合には、乳児用の暫定規制値に従うとよいと思います。 離乳食がある程度進んでいる幼児については、大人と同じ規制値で考えてよいでしょう。

水道水の放射性ヨウ素の値が
乳児で問題になる理由

 ヨウ素は放射能のあるなしにかかわらず甲状腺に集まり、発育に重要な甲状腺ホルモンの合成に使われます。乳児の組織は一般的に細胞の分裂がさかんなので、被ばくの影響を受けやすいのですが、放射性ヨウ素は甲状腺に集まり、子どもの甲状腺のはたらきがさかんなこともあって甲状腺ガンなどが起こりやすいのです。このため乳児の暫定規制値が成人より低く設定されています。

 ミルクを飲んでいる乳児は栄養の大部分をミルクから摂っているので、ミルクを溶かす水の汚染が問題になります。離乳食が進み幼児食になると、料理中の水道水の量は少なくなるので、乳児が問題になるのです。1歳を境に急に被ばくの影響が少なくなるからではなく、乳児期以降は大人と同じように食品の汚染が問題になります。
 放射性ヨウ素は、中川先生の解説にあるように、半減期が8日程度なので、空気中や土壌の汚染は低下し、水道水の汚染も摂取が規制された時の濃度が持続することはなく、今後新たな汚染が広がらない限り子どもにも影響することはないと考えられます。
 なお、母乳からも放射性ヨウ素が分泌されますが、その濃度は母親が水や食物から摂取する量によるので、母親が暫定規制値以下の食品を摂取している限り、母乳を飲んでも乳児に問題はありません。

乳児のミルクの作り方

 では、乳児にミルクを与える場合、何をどの程度注意すればよいでしょうか。現在は心配なくなっていますが、今後の参考のために、水道水から検出される放射性ヨウ素の値によって整理してみました。

●放射性ヨウ素の値が乳児の暫定規制値(100Bq/kg)以下の場合
⇒水道水を通常通りに使用して大丈夫です。

●放射性ヨウ素の値が乳児の暫定規制値(100Bq/kg)を上回っているが大人の暫定規制値(300Bq/kg)以下の場合
⇒調乳用の水や直接飲用する水には水道水はできるだけ使わず、ペットボトルの水など代替飲用水を使います。ただし、硬水(*5)にはミネラルが多く含まれており、乳児の腎臓に負担を与える可能性があるので、軟水(*5)を使ってください。
⇒代替飲用水が足りない場合には、水道水を使っても大丈夫。硬水のミネラルウォーターと水道水なら、水道水を用いるほうがよいでしょう。
⇒母乳と混合の場合は、水の影響はミルクを主とする赤ちゃんに比べて低くなるので、あまり心配せず、水道水を使って大丈夫です。

●放射性ヨウ素の値が大人の暫定規制値(300Bq/kg)を上回っている場合
⇒調乳用の水や直接飲用する水には水道水は使わず、ペットボトルの水など代替飲用水を使います。ただし軟水を使ってください。
⇒代替飲用水が足りない場合には、水道水にペットボトルの水を足して希釈しても、汚染濃度は低くなります。

●放射性物質の値が不安定な状態が長期化する場合
⇒水道水中の放射線量は雨のあとに高くなる傾向がありますが、ずっと高いままということはありません。規制値を下回っているときに、清潔な容器に水道水を入れて冷蔵庫などで保存しておくのもよいのですが、衛生上保存した水は2~3日で使いきってください。
⇒水道水の汚染濃度を低くする方法としては、汲み溜めすることも有効です。放射性ヨウ素は約8日間で半減します。とはいえ、衛生上何日も放置するのは好ましくありません。ペットボトルの水とともに使うのもよいでしょう。
⇒摂取制限が出された場合、それが解除されるのは、3日連続規制値を下回ってからなので、その間に配水管などに残っている規制値以上の水はなくなっていると考えられます。摂取制限が解除されたらすぐに水道水を使っても大丈夫と思われますが、心配なら1日ほどの猶予をおいてから使い始めると、より安心です。

<注意しましょう>
放射性ヨウ素の暫定規制値は、数か月~1年飲み続けても健康に影響のない数値です。 いっぽう、乳児の水分摂取必要量が不足すると、脱水症状(*6)を起こし、短期間でも重大な健康被害を及ぼす危険があります。放射性物質を恐れるあまり、赤ちゃんのミルクの量を制限したりすることは避けましょう。

日本小児科学会、日本周産期・新生児学会、日本未熟児新生児学会の共同見解はこちら(外部リンク・PDFファイル)

妊娠中や授乳中のお母さんの水分のとり方

 お母さんが飲んだ水に含まれる放射性物質の濃度が、胎児や、母乳を通じて赤ちゃんにそのまま伝わることはありません。

 体に入った放射性ヨウ素のうち、最終的に体内(おもに甲状腺)に蓄積するのは、大人の場合約20%(さらに8日間で半減)、残りは短期間で排泄されます。暫定規制値を超える500Bq/kgの水を毎日飲んだ場合でも、年間摂取上限には届かず、健康への影響を考えるレベルではありません。

 また、胎児は被ばくの影響を(*7)母体よりも受けにくいため、現在の汚染レベルの水の飲用程度では、胎児への影響は心配ないといえます。妊娠中の水分不足(*8)は、思わぬ妊娠トラブルにつながります。水分摂取はしっかりとおこなってください。

 また、体内に蓄積されたヨウ素のうち、母乳に混入される量(*9)はその1/4以下とされています。大人の飲用水の暫定規制値自体が厳しく規制されていますので、そのうちのさらにわずかの量が赤ちゃんに伝わったとしても、まったく影響ありません。しっかり水分摂取し、安心して母乳をあげてください。
妊娠中や授乳中の水分摂取についての日本産婦人科学会の見解はこちら(外部リンク・PDFファイル)

離乳食を調理するときの水の使い方

 結論からいえば、今回いくつかの地域で問題になった、乳児の摂取制限を超える値の水道水については、離乳食の調理に使用しても問題ありません。

 とくに、野菜などを洗う際にもミネラルウォーターを使うのは心配しすぎです。現在、何種類かの野菜で暫定規制値を超えるものが出荷自粛や出荷制限を受ける事態になっています。暫定規制値を超える野菜類は市場に出回りませんが、たとえ放射性物質がわずかに付着した野菜であっても、洗うことで、表面に付着した放射性物質ならある程度は取り除けます。残留農薬や土なども、洗って除去することが大切です。ですから、限られた少ない水を使って洗い方が雑になるよりも、水道水を使ってしっかり洗うほうがよいのです。

 確かに、放射性物質の摂取はできるだけ少ないほうがよいといえます。また、子育ての当事者であるご両親の気持ちの安定も大切です。心配がぬぐえないという方は、ミネラルウォーターなど代替飲用水が用意できる範囲で、離乳食用の煮込みや汁物などに、こうした水を使ってはいかがでしょうか。

水についてこれから注意すべきこと

 これまで説明してきたように、現在の暫定規制値をもとにして、定期的に水質の調査が行われているかぎり、自治体から発表される数値を見て対応していれば大丈夫です。

 しかし、5月17日現在、福島第一原子力発電所の放射性物質の漏出は止まっておらず、今後、地下水などから規制値を超える水が検出されることもあるかもしれません。大切なことは、今後も中~長期的に、しっかりとした水質の調査が継続されることであり、それが私たちに、迅速かつ正確に知らされ、各人で正しく判断できるようになることだと思います。


(*1)暫定規制値
国際放射線防護委員会(ICRP)が勧告している放射線防護の基準をもとに原子力安全委員会が設定した指標を厚生労働省が検討して定めた値。住民の避難や食品の出荷制限などの基準となる。
(*2)ベクレル(Bq)
放射線の強さ、つまり食品から検出される放射線のレベルを表す単位。放射性物質が実際に人体に与える影響はシーベルト(Sv)という単位で表される。ベクレルをシーベルトに換算する式は、「食物1kgあたりの放射能の量(Bq/kg)×実効線量係数(Sv/Bq)×摂取量(kg)×1000」(mSv)。 実効線量係数は、放射性ヨウ素=「2.2×10-8」(Sv/Bq)。放射性セシウム=「1.3×10-8」(Sv/Bq)。
なお、(10-8)は(1億分の1)なので、それぞれ「2.2÷1億」「1.3÷1億」で計 算できます。
(*3)放射性ヨウ素
放射性物質のひとつ。ヨウ素は自然界にも存在し(コンブなどに多く含まれる)、ヨウ素127とよばれ、甲状腺ホルモンを合成するために必要な物質だが、今回の事故で問題になっているのは、自然界には存在せず、原子炉内で大量に発生し放射線を出すヨウ素131。
(*4)放射性セシウム
放射性物質のひとつ。セシウム134、137などがある。ウランから生成されるため、核実験がはじまる前は存在しなかった物質。
(*5)硬水と軟水
水のなかに含まれるカルシウムとマグネシウムの数値が高いものを硬水、低いものを軟水という。日本の水は軟水が多く、その硬度で調乳することを前提に、ミルクのミネラル成分が調整されているため、調乳には軟水が適している。また、ミネラル分の高い硬水は乳児の腎臓に過剰な負担をかける場合がある。
(*6)脱水症状
子どものからだは大人より水分量が多く(新生児だと約80%)、水分量を調整する腎臓の働きも未熟なため、水分不足を起こしやすい。きげんが悪くなる、ひんぱんにおっぱいや水分をほしがるのが初期症状で、おしっこの量が減る、肌や唇がカサカサする、ぐったりして動けないなどの症状に移行したら脱水症状もかなり進行している状態。すみやかに医療機関を受診し、点滴などの治療を受ける必要がある。
(*7)放射性ヨウ素の胎児への影響
母親が摂取した放射性ヨウ素の胎児への影響は、「母親が摂取したベクレル量×0.00047(mSv)」といわれている。
(*8)水分不足と妊娠トラブル
妊娠中は、体が水分を吸収しやすくなるため、こまめな水分補給をしないと水分不足になりやすい。水分不足になると、便秘の悪化から痔になったり、足がつりやすくなったりするなどの影響が出る。
(*9)母親の放射性ヨウ素の摂取と母乳
母親が摂取した放射性ヨウ素の約4分の1程度が母乳にも含まれるとされ、乳児が母乳を介して影響を受ける量は「母親が摂取したベクレル量×0.25×0.0028(mSv)」といわれている。

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