Part2
放射線と放射性物質の基礎知識 4ページ目
2011/10/25更新
※本稿は2011年第1版です。第2版はこちら
内部被ばくをどう防ぐ?
現在、外部被ばくよりも広範囲にわたる人々を不安にさせているのが、水や食物の放射能汚染による内部被ばくです。そこで、水や食物の放射能汚染が現在どの程度のものなのかを理解し、今後も出てくるであろうさまざまな数値について、ご自身でもある程度判断できる方法をお話ししたいと思います。
食品における「暫定規制値」のしくみ
飲料水や食べ物に含まれる放射性物質は、原子力安全委員会が設定した指標をもとに、厚生労働省が規制値を定め(暫定規制値)、これを上回るものが国民の口に入ることがないように規制されています。水道水の摂取制限(乳児)が出されたり、ホウレンソウやカキナの出荷制限が出されたりしているのは、暫定規制値を上回るものを、私たちが口にしないためです。
暫定規制値の根拠となっている原子力安全委員会の指標は、国際放射線防護委員会(ICRP)が勧告している放射線防護の基準をもとにしています。
食品由来の放射性物質の1年間の最大摂取量の上限は、健康への影響について、十分に安全性が認められる量に定められています。今回厚生労働省が採用した上限値は、放射性ヨウ素で50mSv/年(実効線量で2mSv/年相当)、放射性セシウムで5mSv/年で、これは世界保健機関(WHO)などの国際機関の評価に照らしても、かなり安全側に立った妥当な数値と認められています。
そして、すべての食品が均等に汚染されていると仮定して、日本人の一般的な食生活を1年間にわたって送っても、放射性物質の1年間の最大摂取量を超えないように、食品群ごとに食品の暫定規制値(単位はベクレル)が決められています(表1)。
表1 飲食物摂取制限に関する指標
核種 | 摂取制限に関する指標値(Bq/kg) | |
---|---|---|
放射性ヨウ素 | 飲料水 | 300 乳児は100 |
牛乳・乳製品 | ||
野菜類(根菜・イモ類を除く) | 2000 | |
肉・卵・魚・その他 | ||
放射性セシウム | 飲料水 | 200 |
牛乳・乳製品 | ||
野菜類 | 500 | |
穀類 | ||
肉・卵・魚・その他 | ||
ウラン | 乳幼児用食品 | 20 |
飲料水 | ||
牛乳・乳製品 | ||
野菜類 | 100 | |
穀類 | ||
肉・卵・魚・その他 | ||
プルトニウム及び ウラン元素のアルファ核種 |
乳幼児用食品 | 1 |
飲料水 | ||
牛乳・乳製品 | ||
野菜類 | 10 | |
穀類 | ||
肉・卵・魚・その他 |
資料:「原子力施設等の防災対策について」(原子力安全委員会)、平成23年4月5日「魚介類中の放射性ヨウ素に関する暫定規制値の取り扱いについて」(厚生労働省医薬食品局)
ベクレルとシーベルト
さて、内部被ばくに関する報道などで、一般の方にもっとも分かりにくいのが、単位の違いです。表1のように、食物に含まれる放射性物質の量はベクレル(Bq)という単位で表されますが、内部被ばくの年間の上限値はシーベルト(Sv)で表されるため、食物の放射線量が実際にどの程度危険なのかがよく分からないという質問もいただきます。
ひと言でいうと、ベクレル(Bq)は放射線の強さ、つまり食品から検出される放射線のレベルを表す単位で、シーベルト(Sv)は放射線を浴びたときの人体への影響度を示す単位です。
(1シーベルト(Sv)=1000ミリシーベルト(mSv)=1000000マイクロシーベルト(μSv))。
食物に含まれる放射性物質の量が、実際に人体にどれくらいの影響を与えるかを調べるには、ベクレルをシーベルトに換算する必要があります。
放射性物質による人体への影響(mSv)は、
「食物1kgあたりの放射能の量(Bq/kg)×実効線量係数(Sv/Bq)×摂取量(kg)×1000」
で算出できます。
実効線量係数とは、摂取した放射性物質の量と被ばく線量の関係を表す係数で、放射性物質の種類によって異なり、体内の組織や臓器に沈着した放射性物質の量や時間的変化を追跡調査して割り出しています。
放射性ヨウ素の実効線量係数は「2.2×10-8」(Sv/Bq)。放射性セシウムの実効線量係数は「1.3×10-8」(Sv/Bq)です。10-8は1億分の1なので、それぞれ「2.2÷1億」「1.3÷1億」で計算できます。
たとえば、福島市で3月18日に飲料水に含まれていた放射性ヨウ素の最大値は1kgあたり180Bqでした。この水を1L(≒1kg)飲んだ場合、体に与える影響は、
180×2.2×10-8×1×1000=0.00396(mSv)
となり、この水を毎日1L1年間飲み続けると、1年間で1.45mSvの内部被ばくを受けることになるということです。
単位(Sv、mSv、μSv)
ここではミリシーベルト(mSv)で統一して説明していますが、報道などではそのひとつ下の単位のマイクロシーベルト(μSv)が混在していることもよくあります。
1シーベルト(Sv)=1000ミリシーベルト(mSv)=1000000マイクロシーベルト(μSv)
で、マイクロシーベルトで年間摂取上限量を表すと、放射性ヨウ素で50000μSv、放射性セシウムで5000μSvとなります。
成人の平均摂取量と放射性物質が与える影響
さらに、具体的な数値を使って考えてみましょう。
表2を見てください。これは、成人の1日の摂取量を「飲料水1.65L。牛乳・乳製品200g。野菜類600g。穀類300g。肉・卵・魚その他が500g」として、すべての食品群で放射性ヨウ素と放射性セシウムの暫定規制値ぎりぎりのものを食べた場合、私たちの体にどれぐらいの影響があるかを計算したものです。
表2 放射性物質の暫定規制値と人体に与える影響
放射性ヨウ素 | |||||
---|---|---|---|---|---|
食品群 | 飲料水 | 牛乳・乳製品 | 野菜類 (根菜、イモ類を除く) |
肉・卵・魚 その他 |
合計 |
暫定規制値(Bq/kg) | 300 | 300 | 2,000 | 2,000 | |
成人の1日平均摂取量 | 1.65L | 200g | 600g | 500g | |
平均的な量を摂取した場合、暫定規制値の放射性ヨウ素が人体に与える影響(mSv) | 1日 0.0109 1年 3.97 |
1日 0.0013 1年 0.48 |
1日 0.0264 1年 9.63 |
1日 0.022 1年 8.03 |
1日 0.0606 1年 22.119 |
放射性ヨウ素の年間摂取上限量は50mSv/年(実効線量2mSv/年相当)です。
放射性セシウム | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
食品群 | 飲料水 | 牛乳・乳製品 | 野菜類 | 穀類 | 肉・卵・魚 その他 |
合 計 |
暫定規制値(Bq/kg) | 200 | 200 | 500 | 500 | 500 | |
成人の1日平均摂取量 | 1.65L | 200g | 600g | 300g | 500g | |
平均的な量を摂取した場合、暫定規制値の放射性ヨウ素が人体に与える影響(mSv) | 1日 0.0043 1年 1.56 |
1日 0.0005 1年 0.19 |
1日 0.0039 1年 1.42 |
1日 0.00195 1年 0.71 |
1日 0.00325 1年 1.18 |
1日 0.01390 1年 5.0600 |
放射性セシウムの年間摂取上限量は5mSv/年です。
資料:「原子力施設等の防災対策について」(原子力安全委員会)、平成23年4月5日「魚介類中の放射性ヨウ素に関する暫定規制値の取り扱いについて」(厚生労働省医薬食品局)、「緊急時における放射線測定マニュアル」(厚生労働省医薬局食品保健部監視安全課)
このように、私たちが1日に摂取する食材がすべて放射性物質の暫定規制値程度の汚染を受けていると仮定して計算すると、ヨウ素の場合、1年間の合計が年間摂取上限量になることはありません。セシウムの場合は年間摂取上限量をわずかに上回りますが、実際には、流通するすべての食品が暫定規制値に到達するほど汚染されることは考えられません。
例えば野菜類の場合、放射性ヨウ素の暫定規制値2000Bq/kgの食材のホウレンソウを食べたとしても、1人1食あたりの摂取量はおよそ90g、体が受ける影響は1日で0.004mSvとごく微量です。これに加えて水も暫定規制値程度のものを飲んだとしても、両方で1日0.0149mSvです。
暫定規制値で管理されているかぎり、食べ物による内部被ばくに対しても、神経質になる必要がないということが分かります。
飲料水や食物の放射能汚染の現状
5月17日現在、水道水に関しては、福島県および近隣の各浄水場で放射性物質が検出されているところはありません。
野菜や原乳については、福島県や茨城県、栃木県の一部地域のホウレンソウやカキナ、福島県や茨城県の一部地域の原乳、福島県の一部地域の原木栽培のシイタケ、千葉県や神奈川県の一部地域の生茶葉などから、暫定規制値を超える放射性物質が検出され、現在も出荷制限されているものがあります。いっぽう、暫定規制値を下回る値が続いて制限が解除になる野菜や原乳もあります。いずれにせよ、検査を受けて市場に出回ったものは食べても安全なものです。いたずらに避けて、風評被害を広げてしまうことがないようにしたいものです。
また、茨城県沖のコウナゴから、暫定規制値を上回る放射性セシウムが検出され、海産物の汚染も心配されるようになってきました。福島原発から高濃度の汚染水が排出されたことが原因で、国でも急遽、魚介類の暫定規制値を野菜と同等の数値(放射性ヨウ素2000Bq、放射性セシウム500Bq)に設定して管理をはじめています。
海水汚染で心配されるのは、食物連鎖によって大きな魚に濃縮されていくことや、海底に長く沈み海藻や貝類に取り込まれることです。ただし、放射性物質は、重大な公害病の原因となった水銀やPCBとは濃縮度のレベルはかなり小さいものです(放射性セシウムは約5~100倍、水銀やPCBは約360~1,000,000倍)。放射性セシウムはえらや尿から排出され、体内のセシウム濃度は約50日で半分程度になるからです。
それでも、放射性セシウムの物理学的半減期は約30年と長いため、海水中の放射性物質の濃度や海産物の検査は、これから長期的に続けていく必要があると思います。
※ 放射性物質の食品からの検出状況については、厚生労働省のホームページで毎日公表されています(巻末URL集参照)
妊娠中および授乳中の方へ
妊娠中の方が飲食物から摂取した放射性物質が胎児に与える影響や、授乳中の方が母乳を通じて赤ちゃんに与える影響を心配する声が多く聞かれます。先日の、福島県とその近隣県の方の母乳から放射性ヨウ素が検出されたという報道に、不安を大きくしてしまった方もいらっしゃると思います。
しかし冷静に考えてみれば、母乳が採取された日はちょうど水道水に放射性物質が検出された日に近く、その後、現時点で水道水からの放射性ヨウ素検出はほとんどありません。検出されているのは、一部の野菜とシイタケと原乳だけです。実際に、母乳から放射性ヨウ素が検出された母親に対して改めておこなわれた調査では、放射性ヨウ素はどなたからも検出されませんでした(5月17日厚生労働省発表)。
現在、放射性物質が検出されているのは、一部の野菜、生茶葉、原乳だけです。1日の食事のなかで、これらの食材をどれだけ摂取したでしょうか。その食材がすべて暫定規制値ぎりぎりだったとしても、その量はわずかなものだと思います。
たとえば、母親が接種した放射性ヨウ素によって胎児や赤ちゃんにどの程度の影響があるかというと、胎児では、「母親が摂取したベクレル量×0.00047(mSv)」といわれています。また、母乳には母親が摂取したベクレル量の4分の1程度の放射性ヨウ素が含まれるといわれていますから、「母親が摂取したベクレル量×0.25×0.0028(mSv)」となります。どちらも、わずかな量にしかならないことがわかります。
*これらの計算式は、日本産婦人科学会「大気や飲食物の軽度放射性物質汚染について心配しておられる妊娠・授乳中女性へのご案内(続報)」(4月18日付、PDFファイル)を参考にしました。また、今回の母乳中の放射性ヨウ素検出と今後の乳児への影響については、同じく日本産婦人科学会が「放射性ヨウ素(I-131)が検出された母乳に関し、乳児への影響を心配しておられる授乳中女性へのご案内」(5月2日付、PDFファイル)を発表しています。
つまり、現段階で、お母さんが摂取した放射性物質が胎児や乳児に与える影響は心配しなくてよいということです。それよりも、胎児や赤ちゃんへの影響を心配してお母さんの精神状態が悪くなってしまうことのほうが、よほど赤ちゃんには影響があると思います。
小さい子どもがいるご家庭の方へ
放射性ヨウ素は大人に比べ、子どもへの影響が大きいのはたしかです(1歳未満児で8倍、5歳児で4倍程度という報告もあります)。「年齢による影響度の違い」の項に書きましたが、チェルノブイリ事故のときに子どもたちが摂取してしまった放射性ヨウ素の量は、現在日本で問題とされている量とはケタ違いでしたので、現時点では、あまり神経質になることはありません。
暫定規制値を超える放射性物質を含む野菜や魚などが市場に出回ることもありませんが、心配な方は、厚生労働省のHPで毎日更新される出荷制限の情報を見ながら、対応していくとよいと思います。
内部被ばくを防ぐ生活の工夫
では最後に、内部被ばくをできるだけ少なくする工夫についてお話ししておきます。現段階での健康被害は心配する必要はありませんが、摂取しなくてよいものはできるだけ摂取しないほうがよいという意味で、予防的に知っておくとよいと思います。
-
野菜はよく水洗いする
表面に付着した放射性物質については、洗えばある程度は落とせます。仮に水道水が暫定規制値を超えていても、野菜に残る水分は少なく影響はないと考えられるので、よく洗うほうがよいのです。 -
皮をむく
やはり表面に付着した放射性物質を除去する効果があります。 -
ゆでこぼす
放射性物質は加熱しても除去はできませんが、表面の放射性物質を洗い流す効果はあります
※訂正とお詫び -------------------------------------------------------
- 「1L(≒1kg)飲んだ場合、体に与える影響は、180×2.2×10-8×1×1000=0.0018(mSv)」 と表記しておりましたが、計算ミスがありました。正しくは以下のとおりとなります。ここに訂正いたします(2011.9.15)。 <正>「1L(≒1kg)飲んだ場合、体に与える影響は、180×2.2×10-8×1×1000=0.00396(mSv)」
- 「1年間で0.65mSvの内部被ばくを受けることになるということです」
と表記しておりましたが、こちらも同様の計算ミスがありましたので訂正いたします(2011.9.15)。
<正>「1年間で1.45mSvの被ばくを受けることになるということです」 - 表2「放射性物質の暫定規制値と人体に与える影響」の放射性セシウムの表に、「穀物」の項目が抜けておりましたので、訂正いたしました。訂正箇所の詳細はこちらをご覧ください(2011.10.25)。