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Part4
子どもとお母さんのこころのケア 1ページ目  2011/6/14掲載

解説 帆足暁子(ほあし子どものこころクリニック副院長)

※本稿は2011年掲載時のまま、改訂は加えていません

子どものこころのケア

震災が子どもにあたえた影響

 今回の震災が子どもにあたえた影響は小さなものではありません。震災直後から、被災地はもちろんのこと、直接被害のなかった地域の子どもにも、不安によるさまざまな症状が出てきました。

 震災が起きたのが午後の早い時間帯だったため、保育園に行っている子どもたちは大人たちに守られている時間だったのですが、小さな子どものいるご家庭のなかには、上の子の幼稚園のお迎えに行くために少しの間、家を空けてしまったとか、子どもにちょっとお留守番をさせて買い物に出てしまったというご家庭もありました。
 震災のときに親といっしょにいられたか、保育士などの大人といっしょにいられたか、それとも子どもだけで体験しなければならなかったかが、子どもの不安の出方に影響を与えたということがひとつ言えると思います。

 もうひとつは、震災直後から延々と繰り返し報道された被災地の津波や火災の映像、そしてそこから目を離せずにいる大人たちの姿が与えた影響も大きかったと思います。加えて、一日に何度も鳴る地震の警報音は不安を倍増させ、地震がおさまっても「怖い」ということを、子どもたちはずっと感じ続けなければならなかったのだと思います。

 さらに、現在もなお続く原発事故の影響とそれに対する大人たちの反応や行動も子どもたちは見ていて、漠然とまだ日本中が落ち着かない状態であることを感じていると思います。

不安による症状はさまざま

 震災直後、よく見られた症状は、母親と離れられなくなる、赤ちゃん返りをする、夜泣きをするといったものでした。また、微熱が続く、食欲がなくなる、嘔吐をするといった身体的な症状が出る子どももいました。

 とくに、発達障害の傾向のある子どもたちは、もともと環境の小さな変化にも敏感な特性をもっているので、強い不安の症状が長引いてしまう傾向がありました。なかには小さな余震のたびにお母さんをひっぱって、家から何百メートルも離れたコンビニまで避難しないとパニックになってしまう状態が1か月以上続くようなケースもあり、それに付き合わなければならない親ごさんは本当に大変でした。

 また、震災直後から大人をとまどわせている子どもの行動に、津波ごっこや地震ごっこがあります。人形の家を「地震だ!」といってガタガタ揺らして物を全部落としたり、積み上げた積み木を一気に倒したり、「津波だ!」といって小さいきょうだいをつかまえて押し倒したり、というものです。保育園や幼稚園では、津波ごっこという、手つなぎ鬼のような遊びをしていることもあります。

 最近では、震災直後に不安を強く出していた子どもたちも、次第に落ち着きを取り戻しつつありますが、落ち着いたように見えても、なにかの拍子に、ワーッと泣き出してしまうといった、PTSD(Post-Traumatic Stress Disorder心的外傷後ストレス)のような症状を示す子どももいます。また、震災直後はとくに変化がみられなかったのに、1~2か月経ってから、行動が乱暴になったり情緒が不安定になったりするような変化が現れる子どももいます。

 子どもによって、いつ、どのような形で不安が表面に出てくるかは違いますので、親や周囲の大人たちは、子どもの様子がおかしいと感じたら、「もしかしたら震災の不安が今出てきているのかもしれない」と意識して、じっくりと寄り添うことが大切になってきます。

不安が強い子どもへの対応

 では、子どもが不安による症状を示したときに、親や周囲の大人たちはどのような対応をしたらよいでしょうか。

抱きしめて安心してよいことを実感させる

 まだ小さい子どもの場合は、おまじないのように、「大丈夫、大丈夫。ママが(パパが、おじいちゃんが、先生が)そばにいるよ。○○ちゃんのことは絶対に守ってあげるからね」と言い聞かせて抱きしめるということを繰り返し、それが実感として入っていくまで続けることです。
 いったいいつまでこのような状態が続くのだろうと、大人のほうもつらくなってしまうかもしれませんが、子どもを抱きしめて「大丈夫、大丈夫」と繰り返すことは、大人にとっても癒しの時間になります。なにより子どもが元気になれば、大人も心身ともに楽になりますから、家事の手を止めて(家事は手抜きになってもよいですから)、子どもを抱きしめてください。

子どもの不安をことばで代弁する

 ことばの理解ができる年齢の子どもであれば、「地震怖かったね。地震のこと、今でも思い出す?」というように、地震について話をするなかで、「もう大丈夫なんだよ」ということを伝えていくこともできます。
 幼稚園後期~小学校低学年ごろというのは、本人にとっては何だか分からないままに、不安やイライラが消えない状態が続いていることがあります。それを親や先生に、「地震、怖かったね」と言ってもらうことで、「あっ、そうだ。私は地震が怖かったんだ」と、もやもやした不安の原因を“命名”でき、それによって感情が整理されていくこともあります。
 阪神大震災のあと、子どものなかには、真っ黒な絵を描く子がいました。そういう子どもに対して、「真っ黒だね。怖かったね」と、子どもの思いを代弁し共有することを繰り返すなかで、子どもが癒され、絵がカラフルで楽しいものに変わっていたということがありました。
 自分の思いが表現され、整理されていくということも、とても大切なことなのです。

震災ごっこへの対応

 地震ごっこや津波ごっこのような遊びは、周りで見ている大人にとって、なかなか受け入れがたい子どもの行動だと思います。しかしこうした遊びは、子どもにとって“自己治癒”の過程です。そういう遊びを繰り返しながら、もう何も起こらないこと、安全だということの確認をしていくのです。

大人が見守っていること

 子どもは大人に見てもらって受けとめてもらうなかで、徐々にこころの傷を癒していくことができます。「そんな遊びはやめなさい」などと叱ったりやめさせたりせず、見守ってあげることが大切です。
 それでも、どうしても見ているのがつらくなってしまうこともあるでしょう。大人たちも被災者なのですから、傷つき、怒り、悲しみの感情が吹き出してしまうことがあっても当然です。そういうときには、「見守り役」をほかの人に代わってもらうことも大切なことです。「どうしても見ていられなくて叱ってしまうダメな母親」だなどと自分を責めたり否定したりする必要はありません。家にお友だちを呼んだり、公園や子育て支援センターのような遊び場に出て行ったりして、お母さん一人で抱え込まないでよい方法を考え、大人みんなで見守りましょう。

遊びを叱らず、行為をセーブする

 ときには遊びがエスカレートして、乱暴になったり危険な状況になってしまう場合があると思います。そういうときには、遊びそのものを叱るのではなく、「転んでけがをすると危ないから、走るのはやめようね」「あまり高く積んで壊すと、頭にあたっちゃうよ。この高さまでにしようね」「○○ちゃんはいやがっているみたいよ」というように、危ない行為をセーブする方向でかかわってあげてください。

子どもを安心させるのは「ふつうの生活」

 「地震は怖かった!」という体験を経て、子どもが安心していくためにもっとも大切なことは、「ふつうの生活」に戻ることです。大人はふつうに会社に行く。保育園や幼稚園がふつうに始まる。いつもと同じように先生が迎えてくれて、いつもと同じように親が迎えに行く。必要以上にはしゃぐ必要もないし、必要以上に暗くなる必要もありません。「いつもと同じ」が子どもには一番安心できる生活です。

 子どもは親を本当によく見ています。放射能の問題などで、親ごさんはまだまだ心から安心はできないと思いますが、どんなに不安があったとしても、子どもに対するときだけは、「大丈夫、大丈夫、こわくないよー」と言って笑ってあげれば、子どもは「ほんとにそうかなあ」と思いながらも安心することができます。子どもはそういう意味でとても素直な存在です。

 震災を体験して私たちは、子どもは大人が必死で守らなければいけないのだということを痛感しました。同時に、子どもの笑顔がどんなにつらい状態のなかでも大人たちに力と希望を与えてくれることも改めて感じることができました。子どもを守ることを自覚したチャンスでもあります。子どものためにも、大人たちが気丈でいることが必要なのだと思います。

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