インタビューシリーズ:親も子もトライ&エラー
日々、親ごさんと接しているかたや、子育て奮闘中のかたにお話を伺っていきます。
シリーズ第1回
10人の赤ちゃんがいたら、10とおりの子育て
だからトライ&エラー

大日向雅美さん
プロフィール
恵泉女学園大学・大学院教授
子育てひろば あい・ぽーと
施設長
これまでずっと、子育て中のお母さん、お父さんを励まし、支援者をも力づけてこられた大日向雅美さん。子育てひろば「あい・ぽーと」でも日々、子育て支援に取り組んでいます。
子育てしていくうえで、どんなことに目を向けていけばよいのか、親子のかかわりや、家族、周囲とのかかわりについてお話をうかがいました。
Part1 子育てはトライ&エラー
Part2 親も、子も、友だちは自然にできるもの
Part3 失敗談をいっぱい語ってほしい
Part1 2007年4月2日掲載
子育てはトライ&エラー
人生にはそういう時期もある
編集部 子どもが生まれると、喜びもたくさんありますが、一方で生活が一変し、とまどいを覚えるお母さん・お父さんも少なくないのではないでしょうか。
大日向 そうね、たいへんだと思いますよ。出産まではバラ色で夢もいろいろ描いているけれど、ひとたび子育ての日々が始まると、予想外のことがいっぱいありますね。
編集部 テレビCMの赤ちゃんのようにいつもニコニコしているだけじゃない(笑)。
大日向 あるお母さんは、「おっぱいをあげることが、こんなに痛いことだとは思わなかった」とおっしゃっていました。母乳が大事だということもわかっているし、赤ちゃんがおっぱいを飲んでいる写真もたくさん見てきたけれど、おっぱいを出すのにこんな痛みがあるなんて、誰も教えてくれなかったと。
編集部 ほんとうに。
大日向 退院して病院スタッフのサポートもなくなると、「本当にこの子とやっていけるのだろうか」と、不安になる。でも、そこから、トライ&エラーで取り組んでいけばいいのだと思います。そういう時期も、人生の中にあっていいんだと思っていただきたいのです。
絵に描いたような
子育てライフはない
大日向 最近は、「失敗は許されない」と思っている親ごさんが多いように思います。たとえば、出産の様子をビデオに撮って、順調なマタニティーから分娩へと、一点の曇りもないスタートを切ろうとする。でも結局は、あちこちできしみが出てきてしまう。実はそれが当たり前で、「絵に描いたような子育てライフはない」のだと、一つひとつわかっていくのが、子育てなんでしょうね。
編集部 たしかに私たちは、「うまくいって当たり前」という評価の中で生きてきたせいか、予想外の出来事に出あうとあわててしまいますが、うまくいかなくて当たり前なんですね。
大日向 女性は妊娠出産を体験することもありますから、予想外の連続の子育て生活に、すっと入っていけるようなところもありますね。一方、お父さんのなかには、子どもが生まれてからの家庭生活の変化になかなかなじめないかたもいますね。以前は、何よりも自分を大事にしてくれていた妻がかみを振り乱して赤ちゃんの世話に夢中になり、帰ってもお風呂も沸いていないとか・・・。
編集部 そうでなければ、やっていけない。
大日向 そういう変化を受けとめ、乗り越えて、だんだん「お父さん」になっていくんでしょうね。
編集部 少しずつ、お母さん、お父さんになっていくのですね。
いらない知識を
捨てるための判断力を
編集部 子育ては日々、判断を迫られることの連続で、育児書が頼りという人も少なくありません。ともすれば情報に振り回されてしまうことも。情報が多すぎるというのも、問題でしょうか?
大日向 情報を処理できる能力は決まっていますから、取捨選択して、いらないものを捨てていくための判断力を身につけることが大切ですね。生真面目にぜんぶを参考にするというのではなくて、いい意味での「いいかげん=よい加減」が必要でしょう。
編集部 ・・・よい加減、ですね?
大日向 意外に思われるかも知れませんが、子育てをするときは、余計なことは忘れていく力が必要ではないでしょうか。子育ては、必要な知識を身に付けていくことではなくて、いらない知識を捨てていくことだと思います。人間のいちばんの特技は「忘却」だと思います。それが、幸せな人生を送るコツです(笑)。
赤ちゃんは10人いたら、
10人ちがう
大日向 いろいろな育児情報がありますけれど、わが子にピタッと合う情報は、世の中には少ないと思ったほうがいいかも知れません。情報はあくまでも最大公約数的なものです。それをご自分のケースに当てはめていくのは、応用問題なんですね。基本公式はある程度あったとしても、10人いたら10人ぜんぶちがう。だからトライ&エラーなんです。
編集部 誰ひとりとして同じではない・・・言われてみれば当たり前ですが、忘れてしまいがちですね。
大日向 「子育てに参考になった本は?」と聞かれることがありますが、私は本を参考に子育てしたことはなかったですね。病気のときに、松田道雄先生の本を読んだくらいでした。
編集部 なぜですか?
大日向 子どもが生まれて新生児室に行ったときの光景を今も鮮烈に覚えていますが、一人として同じ赤ちゃんはいなかったんですね。みんな、生後わずか数日の赤ちゃんでしたが、私には、その子たちの個性がはっきりと見えたんです。
こんなに小さな、生後1週間未満の赤ちゃんが、自分というものを訴えて生きている。そのころ、私は大学院の博士課程で発達心理学を学んでいましたから、子どもの発達に関してある程度の知識はもっていたので、最初は、その知識を使って子育てしようかと思っていたんです。でも、目の前にいる赤ちゃんを見たとたんに、そういう思いが、きれいに消えました。
編集部 知識ではないと?
大日向 かなわないと思ったんです。私が大学や大学院で学んだ知識なんて、この子たちのこの個性や、持って生まれた生命力の前には、なんてやわい知識なんだろうと。
以来、「どうしようか」と迷ったこともありましたが、答えを出してくれたのは、いつも子どもでしたね。ですので、あまり迷わなかったし、それ以上の知識も、あまり求めませんでした。迷われたときは、目の前の子どもを見ていたら、子どもが必ず答えを出してくれると思います。